エンパシー(empathy)ってどんな意味? | Vita ricca(ヴィータ リッカ)
2022.05.20

エンパシー(empathy)ってどんな意味?

Buon giorno(ボンジョルノ)!
池袋のライフスタイルショップ、Vita ricca(ヴィータ リッカ)ブログのイマイです!

皆さんは「エンパシー(empathy)」という言葉に馴染みはありますか?

わたしはブログの執筆をしている関係もあって、月に10冊程度は本を読むようにしています。最近、読んだ中だったのがブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)、本屋大賞ノンフィクション本大賞も受賞し話題になった作品です。

貧富の差、人種の差、世界の多様性の縮図のようなイギリスの中学校で、日本人の母親とイギリス人の父親を持つ「ぼく」が、差別や偏見と向き合いながら成長していく姿を描いたノンフィクションです。

個人的には日本の義務教育に取り入れるべきではなかろうかと感じるほど、多様性について考えさせられる名著でした。

その作品の中でキーワードの一つとなっているのが「エンパシー(empathy)」なのです。

Amazon.co.jp: ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー : ブレイディ みかこ: Japanese Books

「エンパシー(empathy)」とは

ブレイディみかこさんはエンパシー(empathy)について「自分と違う理念や信念を持つ人や、別にかわいそうだとは思えない立場の人々が何を考えているのだろうと想像する力のことだ」と述べています。

わたしなりに解釈すると「自分と違う意見やポジションの人間の立場にたって、相手の考えを理解する能力」っといったところでしょうか。

意味が近い言葉で「シンパシー(sympathy)」がありますが、こちらは自分が同じ意見であるとか、同じポジションだったことがあるとか、といった場合の「同情」や「気持ちがわかる」と言った感情のこと。

シンパシー(sympathy)は自分と同じような状況の相手の気持ちが”自然と”理解できてしまうこと、エンパシー(empathy)は自分と違う状況の相手の気持ちを”想像して”汲み取ること、と言うように言い換えることもできるかも知れません。

「シンパシー(sympathy)」と「エンパシー(empathy)」は似ているようで全く別の概念なんです。

これからの時代に必要になる「エンパシー(empathy)」

わたしたちは多様性の時代を生きています。日本国内に限っても、20年前と比べた外国人労働者の方も爆発的に増えましたし、LGBTQの方々についての理解も深まってきています。

LGBTQって何?性的多様性を調べてみた! | Vita ricca(ヴィータ リッカ) (vita-ricca.net)

自分では体験したこともなく、今後も体験できないような背景を持つ人々は確実増えてきています。
例えば、日本国内に住んでいる限りにおいて、街中で人種差別を経験した方の気持ちを理解すること(シンパシー)は難しいんではないでしょうか。

そこで大事になってくるのは相手の立場になって想像してあげること(エンパシー)です。
自分がもし相手の立場だったなら「どういう行動をとるだろう」「どういう気持ちになるだろう」と創造することが理解つながっていきます。

フェアトレードはある意味「エンパシー(empathy)」

「エンパシー(empathy)」を広い意味で考えると、フェアトレード商品などのエシカル消費もその一部なのではないかと思います。

外国のカカオ農家になったことはないけれど、相手の立場に立てばフェアトレードのカカオを使ってくれた方が嬉しいだろうと想像してみること、今生まれたばかりの子供の立場に立てば大人達がエシカルな消費をしてくれる方が嬉しいだろうと考えてみること、「エンパシー(empathy)」の考え方はそういったトコロにもつながるのかも知れません。

きっとこれからの消費活動は、自分と違う立場の相手を思いやれる、相手の立場を理解に努めていける、そんな消費が中心になってくるのではないしょうか。

それでは、grazie(グラッツェ)!